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肥満と麻酔管理

● 「肥満と麻酔管理」によせて   広島大学医学部麻酔・蘇生学 讃岐美智義

1.肥満妊婦におけるエコーガイド下の硬膜外麻酔穿刺法

2.病的肥満患者のセボフルレン麻酔における血中無機フッ素レベル

3.軽度肥満患者のセボフルレン麻酔における血中無機フッ素レベル

4.肥満患者におけるベクロニウムの薬物動態

5.病的肥満患者におけるプロポフォル持続静注麻酔

6.肥満患者のスフェンタニルの薬物動態

7.肥満患者の周術期管理

8.肥満患者は麻酔導入中に低酸素になりやすいか?

9.肥満と挿管困難

10. 病的肥満妊婦における麻酔と分娩

 


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広島大学医学部麻酔・蘇生学 讃岐美智義

 われわれが,小学校の頃,大きくてまるまると太った子供が「健康優良児」と言われ,学校で表彰されたものでした.しかし,いまでは国民の多くに「肥満」の害が認識され,太っていることは「健康優良児」とはほど遠いものであることが広く知れ渡ってきました.小学校1年生になる私の甥などは,学校の先生から肥満を指摘され,自分からカロリー制限をしているという話を聞き驚いています.彼は食物のカロリーを計算しながら食事をとるのです.
 その肥満の発生頻度と言えば,学童期では5-10%,成人では男子12%,女子18%程度に認められ,従来疾患とは考えられていなかったのですが,最近では疾患として扱われるようになってきました.肥満は,教科書では内分泌・代謝異常に分類されていますが,それによって起こっているものは5%程度で,ほとんどが単純性肥満に分類され,何らかの原因によるエネルギーの摂取過多によるものであるといえます.ストレスなども病態に関与していることがわかっており,現代社会の病として深く考える必要があると思われます.
 肥満の麻酔では体重が重く扱いに苦労するだけでなく,併存合併症の頻度も高く,麻酔科医にとっては苦労する疾患(病態)の一つであるといえます.また最近,自分自身が少し太ってきたこともあり,他人事ではすまされないような気がしてこのテーマ「肥満と麻酔管理」を選んで特集してみました.

(1)肥満妊婦におけるエコーガイド下の硬膜外麻酔穿刺法
(2)病的肥満患者のセボフルレン麻酔における血中無機フッ素レベル
(3)軽度肥満患者のセボフルレン麻酔における血中無機フッ素レベル
(4)肥満患者におけるベクロニウムの薬物動態
(5)病的肥満患者におけるプロポフォル持続静注麻酔
(6)肥満患者のスフェンタニルの薬物動態
(7)肥満患者の周術期管理
(8)肥満患者は麻酔導入中に低酸素になりやすいか?
(9)肥満と挿管困難
(10)病的肥満妊婦における麻酔と分娩

の10題です.

(1)では硬膜外麻酔の穿刺を成功させるための工夫が紹介されています.
(2)〜(7)は肥満患者における薬力学,薬物動態学の問題
(8)(9)は肥満と気道系の問題
(10)は分娩に関する肥満の影響を扱ったものです.

また,肥満と言っても程度によって分類すべきですが,研究者によって分類の方法が異なっているのが目についたので,参考として以下に分類法を示しておきました.

BMI(body mass index)= 体重(kg)/(身長×身長)(m2)
正常:24-25,過体重:25-30,真の肥満:30 kg/m2以上

IBW(ideal body weight)  152.4cm以上  30%以上を肥満
49.9kg + 0.89 kg/cm(男性)
45.4kg + 0.89 kg/cm(女性)
<MW>


日本語タイトル:肥満妊婦におけるエコーガイド下の硬膜外麻酔穿刺法 menu NEXT
原語タイトル,著者,雑誌名,巻,初めと終わりのページ,年:
Indirect sonographic guidance for epidural anesthesia in obese pregnant patients.
Wallace, D. H. ; Currie, J. M. ; Gilstrap, L. C. ; Santos, R.
Reg Anesth 17(4): 233-6 1992
施設:Department of Anesthesiology, University of Texas Southwestern Medical Center, Dallas 75235-9068.
[目的と背景]肥満や浮腫が存在することで解剖学的な位置関係をわかりにくくするため,硬膜外麻酔穿刺が技術的に困難なことがある.エコーで第2-4腰椎の椎弓板の矢状面のスキャンを行うことにより正中線の確認ができる.体格をもとにして皮膚から硬膜外までの距離を予測することが行われているが,信頼性に乏しい.
[対象]36人の反復予定帝切術の妊婦
[使用機器]エコー(東芝SAL-32BまたはRT3000GE)
[おもな測定項目]エコーによる皮膚から硬膜外腔までの距離の測定
[方法]坐位で5-MHzのトランスデューサーを使用し,腰椎の第2,3椎間から垂直に超音波をあてた.エコーにより皮膚から椎弓板までの距離を測定し,皮膚にマークをつけた.トランスデューサーをのぞいたあと,9.5cmまたは11.4cmの17G-Tuohy針で垂直に硬膜外に到達するまで針を進めた.
[結果]1)3-5分以内に皮膚から硬膜外腔までの距離の測定を完了
    2)全例,硬膜外麻酔は成功した.
    3)硬膜外までの針の距離=0.216+1.017×エコーでの距離(測定値)という相関が得られた.
[結論]超音波装置を使用することで合併症を減少させることができるかどうかを検討することは明らかに有用である.
[抄者註]このようなエコーを使用する試みは1980年代前半からあったが,近年の機会のコンパクト化,解像度のアップにより,鮮明な画像が得られるようになったことで観察が容易になった.この報告では5-MHzのトランスデューサーを使用すると椎弓からの鮮明な画像が得られるといっている.

抄録者:讃岐美智義(広島大学)<MW>


日本語タイトル:病的肥満患者のセボフルレン麻酔における血中無機フッ素レベル menu NEXT
原語タイトル,著者,雑誌名,巻,初めと終わりのページ,年:
Plasma inorganic fluoride levels with sevoflurane anesthesia in morbidly obese and nonobese patients.
Frink, EJ Jr. ; Malan, TP Jr. ; Brown, E. A. ; Morgan, S. ; Brown, BR Jr.
Anesth Analg 76(6): 1333-7 1993
施設:Department of Anesthesiology, University of Arizona Health Sciences Center, Tucson 85724.
[目的と背景]肥満患者では,吸入麻酔薬を使用すると非肥満患者に比べて血中無機フッ素イオンが高値になることが知られている.セボフルレンは新しい揮発性吸入麻酔薬で無機フッ素を代謝物として産生するが,肥満患者では無機フッ素イオンレベルの評価は,なされていない.病的肥満患者でセボフルレン麻酔中と麻酔後の無機フッ素イオンレベルを調べる.
[対象]BMI>35の肥満患者(13人),非肥満患者(10人)
[おもな測定項目]動脈血中のセボフルレン濃度,血中無機フッ素イオン濃度
[方法]60%笑気/40%酸素とセボフルレン麻酔を半閉鎖回路で行った.どちらも1.4MAC hours(セボフルレンのMACは2.05%)で投与した.
1)血中無機フッ素イオン濃度を測定
2)術前後のBUN,クレアチニン,肝機能をチェックした.
[結果]1)血中無機フッ素イオン濃度は両群(肥満患者と非肥満患者)で差はなかった.ピークの血中無機フッ素イオン濃度は肥満患者では30±2μmol/L,非肥満患者では28±2μmol/Lで,どちらも麻酔を中止した後1時間であった.最高値は49μmol/L(肥満患者)と42μmol/L(非肥満患者)であった.
2)術前後の肝機能,腎機能検査に差はなかった.
[結論]セボフルレンの生体内代謝と血中無機フッ素レベルは,肥満手術患者と非肥満手術患者での差はないように思われる.ゆえに,肥満患者でも非肥満患者に比べて無機フッ素による腎障害のリスクが高くなるようなことはない.
[抄者註]1.4 MAC hoursのセボフルレンが使用されたため,短時間,低濃度のセボフルレン使用に関しての情報しか得られない.1.4 MAC hoursといえば,1.4%を2時間程度吸入しただけである.この結果から,病的肥満患者でも非肥満患者と同様に無機フッ素による腎障害のリスクはないというのは言い過ぎであろう.
BMI=body mass index : BMI=体重[kg]/(身長×身長)[m2]
抄録者:讃岐美智義(広島大学)<MW>


日本語タイトル:軽度肥満患者のセボフルレン麻酔における血中無機フッ素レベル menu NEXT
原語タイトル,著者,雑誌名,巻,初めと終わりのページ,年:
Serum inorganic fluoride levels in mildly obese patients during and after sevoflurane anesthesia
Higuchi, H. ; Satoh, T. ; Arimura, S. ; Kanno, M. ; Endoh, R.
Anesth Analg 77(5): 1018-21 1993
施設:Department of Anesthesiology, National Defense Medical College, Saitama, Japan.
[目的]肥満患者と非肥満患者でセボフルレン麻酔中と麻酔後の血中無機フッ素レベルを比較する.
[背景]セボフルレンはエチルイソプロピルエ−テルのフッ化化合物誘導体で,生体内で代謝をうけ,腎毒性を発揮する可能性がある無機フッ素イオンを放出する.メトキシフルレンでは,血中のピークの無機フッ素レベルが50μmol/Lを越えると腎機能の低下をひきおこすことがわかっている.これまでに,メトキシフルレン,ハロセン,エンフルレン,イソフルレンを肥満患者に使用した場合に,麻酔薬の生体内代謝が増加することが知られている.
[対象]15名の肥満患者と16名の非肥満患者(ともに男性).肥満患者は理想体重より20%を越えているものとした.
[使用機器]イオンアナライザー901(Orion Research)
[おもな測定項目]血中と尿中の無機フッ素イオン濃度
[方法]前投薬は硫酸アトロピン.導入は3-5mg/kgとサクシニルコリンで気管内挿管し,0.66%笑気とセボフルレンで麻酔維持した(セボフルレンで維持したのは210分間で全ガス流量は6L/min).210minを越えても手術が続いている場合には,1000-200μgのフェンタニルと0.66%笑気で麻酔維持を継続.呼吸は補助呼吸または調節呼吸としCO2は40±5mmHgに酸素は100mmHg以上になるよう調節.血液サンプルは麻酔導入時,セボフルレン曝露中1時間ごと,中止後0,1,2,4,8,12,24,48時間後に採取.また,8人の肥満患者と7人の非肥満患者では手術当日,尿の採取を行った.
[結果]肥満患者15人中14人は腹部エコーで軽度から中等度の肝のエコー輝度亢進(脂肪肝)が認められたが,非肥満患者では認められなかった.平均のピークの血中無機フッ素のピークはセボフルレン中止後1時間にみられた.肥満患者51.7±2.5μmol/Lにたいして非肥満患者では40.4±2.3μmol/Lで,肥満患者の11人が50μmol/Lをこえ,非肥満患者の4人が50μmol/Lをこえた.なお,セボフルレンの投与は,肥満患者で4.53±0.30 MAC hours,非肥満患者で4.52±0.54 MAC hoursであった.また,尿中無機フッ素の排泄は肥満患者が非肥満患者に対して有意に高値を示した.
[結論]セボフルレン麻酔を行った軽度肥満患者では,非肥満患者に比較して血中無機フッ素イオン濃度が増加していることが示された.
[抄者註]Frinkらの論文(Anesth Analg 76:1333-7,1993)では,病的肥満患者に1.4MAC hoursのセボフルレンを吸入後,血中無機フッ素レベルを測定しているが,有意差はでなかった.本研究では,軽度の肥満患者でも4.5MAC hoursのセボフルレン吸入を行ったために,差がでたのではないかと考えられる.Frinkらも,本論文と同程度のMAC hoursの吸入をしてほしかった.
抄録者:讃岐美智義(広島大学)<MW>


日本語タイトル:肥満患者におけるベクロニウムの薬物動態 menu NEXT
原語タイトル,著者,雑誌名,巻,初めと終わりのページ,年:
Pharmacokinetics and pharmacodynamics of vecuronium in the obese surgical patient.
Schwartz, A. E. ; Matteo, R. S. ; Ornstein, E. ; Halevy, J. D. ; Diaz, J.
Anesth Analg 74(4): 515-8 1992
施設:Department of Anesthesiology, College of Physicians and Surgeons, Columbia University, New York, NY 10032.
[目的と背景]肥満では薬剤の排泄機能の変化があるといわれる.肥満者では体容積に対する体脂肪の割合が増加し,筋肉と体水分量が減少している.さらに,心拍出量,GFR,血管内容量は増加し,肝機能と蛋白結合が変化しているとされている.以前に(Anesth Analg 67:1149-53,1988),肥満患者ではベクロニウムで筋弛緩からの回復が遅延することを報告したので,今回は肥満度と神経筋遮断時間の持続について検討する.
[対象]14人の手術患者(7人は肥満患者,7人はコントロール)
[おもな測定項目]ベクロニウムの血中濃度,筋弛緩モニター,(身長,体重)
[方法]麻酔はチオペンタールで導入し,ハロセンと笑気/酸素で維持.
    ベクロニウム0.1mg/kg投与後,
1)動脈血中の筋弛緩薬の濃度を時間を追って測定した.分布容積,クリアランスや排泄半減期等を両群とも理想体重にもとづいて計算.
2)同時に尺骨神経刺激による筋弛緩をモニター(twitch)
[結果]肥満患者:93.4±13.9kg(理想体重の166%±30%)
    コントロール:60.9±12.3kg(理想体重の93%±6%)
   1)ベクロニウムのファーマコキネティクスは両群間に違いはない
    分布容積 791±303 vs 919±360 mL/kg
    血漿クリアランス 4.65±0.89 vs 5.02±1.13 mL/min/kg
    排泄半減期 119±43 vs 133±57 分
   2)50%回復時間 75±8分 vs 46±8分(肥満 vs control)
    5-25%回復時間 14.9±4.0分 vs 10.0±1.7分(肥満 vs control)
    25-75%回復時間 38.4±13.8分 vs 16.7±10.3分(肥満 vs control)
[結論]肥満患者ではベクロニウムの分配や排泄が変化しているのではなく,実体重に基づいて投与された0.1mg/kgの投与量が,過量であったのではないか.臨床的には,肥満患者の投与量計算は理想体重に基づいて行うべきである.
[抄者註]50%回復時間:twitchが50%に回復する時間,5-25%回復時間:twitchが5%から25%に回復する時間,25-75%回復時間:twitchが25%から75%に回復する時間(回復指数recovery index).
何とも,意外な結末.実体重で投与したための過量投与がベクロニウムからの回復遅延の原因であるとは…
抄録者:讃岐美智義(広島大学)<MW>


日本語タイトル:病的肥満患者におけるプロポフォル持続静注麻酔 menu NEXT
原語タイトル,著者,雑誌名,巻,初めと終わりのページ,年:
Propofol infusion for maintenance of anesthesia in morbidly obese patients receiving nitrous oxide. A clinical and pharmacokinetic study.
Servin, F. ; Farinotti, R. ; Haberer, J. P. ; Desmonts, J. M.
Anesthesiology 78(4): 657-65 1993
施設:Departement d'Anesthesie-Reanimation, CHU Bichat-Claude Bernard, Paris, France.
[目的と背景]肥満患者の全身麻酔の維持にどんな麻酔薬を選択するかということは議論の多いところである.プロポフォルを病的肥満患者に使用し,回復が遅延しないという報告はあるが,ファーマコキネティクスを調べたデータはない.この研究では,プロポフォルからの回復の速さと全身麻酔の維持に使用した場合のファーマコキネティクスを調べ,健常人と比較する.
[対象]8人の病的肥満患者
[おもな測定項目]身長,体重,プロポフォルの血中濃度,注入持続時間,プロポフォルの注入総量,投与開始から意識消失までの時間,投与中止から開眼までの時間
[方法]麻酔の導入と維持は,21mg/kg を5分,12 mg/kgを10分,そのあとは6mg/kgで維持した.体重は経験上の補正値を用いた(補正体重=理想体重+[0.4×余剰体重]).意識消失後,サクシニルコリンを投与し気管内挿管しベクロニウムで筋弛緩を維持した.必要に応じてフェンタニル50μgずつ投与.66%笑気/酸素で適正換気を行った.プロポフォルの中止と同時に66%笑気の投与も中止.プロポフォルの血中濃度の曲線はカーブフィッティングし,3コンパートメントモデルを適用した.
[結果]結果は正常体重人のプロポフォルのファーマコキネティクスのデータと比較.初期分布容積は不変.全身クリアランスは体重に比例して増加.定常状態の分布容積も体重に比例して増加.呼びかけに対する開眼時のプロポフォルの血中濃度にも差はなかった.
[結論]病的肥満患者で,プロポフォルの蓄積はみられない.mg/kgで示される投与量は正常体重の患者の体重あたりの投与量と同じである.
[抄者註]著者らが実体重に基づく量ではなく,補正体重を用いた理由は実体重にもとづいて投与した場合には,投与が大量になりすぎてプロポフォルの循環系に対する影響を否定できないからと述べている.
抄録者:讃岐美智義(広島大学)<MW>


日本語タイトル:肥満患者のスフェンタニルの薬物動態 menu NEXT
原語タイトル,著者,雑誌名,巻,初めと終わりのページ,年:
Pharmacokinetics of sufentanil in obese patients.
Schwartz, A. E. ; Matteo, R. S. ; Ornstein, E. ; Young, W. L. ; Myers, K. J.
Anesth Analg 73(6): 790-3 1991
施設:Department of Anesthesiology, College of Physicians and Surgeons, Columbia University, New York, NY 10032.
[目的と背景]肥満では薬剤の排泄を変化させるような解剖学的,生理学的変化が起こっている.親油性のベンゾジアゼピン系薬剤では肥満で分布容積が増加しているという報告がある.スフェンタニルは高脂溶性である.肥満手術患者におけるスフェンタニルの薬物動態を調べる.
[対象]脳外科症例の患者.肥満患者8人とコントロール8人.肥満患者は少なくとも30%以上理想体重を超えたものとし,コントロール患者は理想体重の10%以内のものとした.IBW(男)=49.9kg + 0.89kg/cm (152.4cm以上),IBW(女)=45.4kg + 0.89kg/cm (152.4cm以上)
[おもな測定項目]スフェンタニルの血中濃度
[方法]前投薬としてジアゼパムを手術2時間前に経口投与.メトクリン前投与しチオペンタルで入眠後,サクシニルコリンを投与して気管内挿管.麻酔維持は,66%笑気/酸素でおこなった.全例にオキサシリン2gとデキサメサゾン10mgを静注.体温は35.3-36.7℃,呼気終末炭酸ガス濃度は27-32mmHgに維持.
スフェンタニル4μg/kgを実体重に基づき投与し,スフェンタニルの血中濃度を時間を追って測定した.血中濃度曲線を描き,コンパートメントモデルを適用した.
[結果]肥満患者ではスフェンタニルの分布容積は増加していた.排泄半減期も延長していた.肥満の程度に応じて全分布容積が直線的に増加.血漿クリアランスはコントロールとの差はなかった.
[結論]スフェンタニルの高脂溶性が,肥満患者のファーマコキネティクスを変えていると考えられた.
[抄者註]スフェンタニルは肥満患者で薬物動態が変化しているが,わが国で用いられているフェンタニルは肥満患者で薬物動態が変化しないという報告(Anesthesiology 55:A177,1981)がある.
抄録者:讃岐美智義(広島大学)<MW>


日本語タイトル:肥満患者の周術期管理 menu NEXT
原語タイトル,著者,雑誌名,巻,初めと終わりのページ,年:
Perioperative management of the obese patient.
Shenkman, Z. ; Shir, Y. ; Brodsky, J. B.
Br J Anaesth 70(3): 349-59 1993
施設:Department of Anesthesiology and Critical Care, Hadassah University Hospital, Jerusalem, Israel.
[目的]肥満患者の周術期管理の総説.
[背景]北アメリカでは33%以上が肥満で,約5%が理想体重の2倍以上の体重である.病的肥満の女性は正常人に比べ13倍の突然死の危険性がある.Framingham studyでは肥満では正常体重人の3.9倍以上死亡率が高い.この総説では,肥満の病態生理と周術期の肥満患者の管理法などを概説.
[対象]肥満患者
[解説]体重,肥満度:(1)身長/体重 表 (2)理想体重=身長(cm)-100(男性)または105(女性) (3)BMI(body mass index)=体重(kg)/(身長×身長)(m2):正常:24-25,過体重:25-30,真の肥満:30 kg/m2以上
心血管系障害:血液量の増加,体血管抵抗,左室の変化,肺血管床,右室の変化,不整脈,冠血管疾患,高血圧
呼吸の病態生理:酸素消費と二酸化炭素の産生,肺コンプライアンス,呼吸筋と呼吸仕事量,機能的残気量,拘束性肺機能障害
消化器の障害:
薬理学的問題:分布容積の変化,血清蛋白結合,薬剤のクリアランス(腎,肝)
麻酔に使用される特殊薬:チオペントン,プロポフォル,ベンゾジアゼピン系薬剤,筋弛緩薬,オピオイド,局所麻酔薬,揮発性吸入麻酔薬
麻酔管理:術前のケア,前投薬,術前の準備,局所麻酔の優位性,麻酔導入,麻酔維持
周術期の問題:合併症(創傷感染,深部静脈血栓と肺塞栓),術後鎮痛の問題(筋注,静注,硬膜外)
といった内容をとりあげ,解説している.
[抄者註]現時点(1994年8月)でMEDLINEを使用してさがしうる肥満と麻酔管理に関する最も新しい総説である.教科書的な内容で,解説はオーソドックスである.
抄録者:讃岐美智義(広島大学)<MW>


日本語タイトル:肥満患者は麻酔導入中に低酸素になりやすいか? menu NEXT
原語タイトル,著者,雑誌名,巻,初めと終わりのページ,年:
Effect of obesity on safe duration of apnea in anesthetized humans.
Jense, H. G. ; Dubin, S. A. ; Silverstein, P. I. ; O'Leary, Escolas-U.
Anesth Analg 72(1): 89-93 1991
施設:Department of Anesthesiology, Medical College of Georgia, Augusta 30912-2700.
[目的と背景]肥満患者では機能的残気量の減少が認められる.肥満患者が正常体重人に比較して麻酔導入中に低酸素血症になりやすいかどうかを検討する.
[対象]32名のASA class IまたはIIの患者
    group 1(正常):理想体重(IBW)の120%まで 7名
       2(肥満):IBWの120%以上,45.5kgまで 11名
       3(病的肥満) :IBWの45.5kg以上 6名
[おもな測定機器]パルスオキシメータ(Nellcor N-100),血圧計(Critikon Dinamap Vital Signs Monitor 1846),mass spectrometer(Perkin-Elmer)
[方法]麻酔導入は4-5mg/kgのチオペンタルで導入した.はじめに呼気中の窒素濃度が5%未満となるか,5分経過するまで酸素マスク10L/分で脱窒素をおこなった.気道が確保できることを確かめるために用手換気後サクシニルコリン1mg/kgを投与し,マスクをはずした(この時間を無呼吸時間の開始とする).無呼吸の始まりは,視診とmass spectrometerのCO2 曲線で確認.パルスオキシメータでの酸素飽和度(SpO2)が90%になるまで無呼吸のまま放置し,90%になるまでの無呼吸時間を比較した.[結果]SpO2 が90%になるまでの時間に差があった.肥満度と負の相関関係(r=-0.83)を認めた.(SpO2が90%になるまでの時間はgroup 1が364±24秒,group 2では247±21秒,group 3では163±15秒であった.)
[結論]肥満患者では無呼吸になったとき,低酸素血症に陥りやすい.
[抄者註]無呼吸のまま放置して安全な時間をパルスオキシメーターでの酸素飽和度が90%以上にある間と定義している.(45.5kg=100ポンド)
抄録者:讃岐美智義(広島大学)<MW>


日本語タイトル:肥満と挿管困難 menu NEXT
原語タイトル,著者,雑誌名,巻,初めと終わりのページ,年:
Obesity and difficult intubation.
Bond, A.
Anaesth Intensive Care 21(6): 828-30 1993
施設:Department of Anaesthesia, Princess Alexandra Hospital, Woolloongabba, Queensland.
[目的]肥満と挿管困難の関係を知る
[背景]猪首では,挿管が困難であるといわれている.Wilsonら(Br J Aneash 61:211, 1988)は肥満と猪首を同じ問題として取り扱っている.
[対象]26人の肥満患者と14人の非肥満患者
    non-obase(BMI 25以下) 16人
    obase(BMI 26-34) 14人
    mobidly obase(BMI 34以上) 12人
[おもな測定項目]BMI(body mass index),喉頭鏡による喉頭の見え方(以下)
    Grade1 喉頭の全貌が見える
    Grade2 前交連は見えないが,後交連は見える
    Grade3 後交連は見えないが,喉頭の後ろ側は見える
    Grade4 喉頭蓋のみ見える
    Grade5 喉頭は全く見えない
[方法]喉頭展開は同一の麻酔医により施行され,評価は至適な体位でなされた.
[結果]BMIと喉頭展開との間には相関関係はみられなかった(r=-0.05).2人のGrade5と1人のGrade4の患者がいた(7.5%).Grade5の1人はBMIが24,もう一人はBMIが36であった.Grade4はBMIが23であった.10人の110kg以上の患者でGrade2を越えるものはなかった.5人の95-110kgの患者では1人がGrade3で3人がGrade2,1人がGrade1であった.
[結論]BMIと喉頭展開との間には相関関係はみられなかった.
[抄者註]やはり,これだけの数の症例で,猪首のような体型と単なる肥満を短絡的に結びつけるのは少し無理があるのかもしれない.もっと多くの(もう一桁多い数の)患者で検討してみれば,もう少しBMIの違いによる差がみられるのかもしれない.この論文は,nの数が少ないために統計学的検討がなされていない.
抄録者:讃岐美智義(広島大学)<MW>


日本語タイトル:病的肥満妊婦における麻酔と分娩 menu NEXT
原語タイトル,著者,雑誌名,巻,初めと終わりのページ,年:
Anesthetic and obstetric outcome in morbidly obese parturients.
Hood, D. D. ; Dewan, D. M.
Anesthesiology 79(6): 1210-8 1993
施設:Department of Anesthesia, Wake Forest University Medical Center, Winston-Salem, North Carolina 27157-1009.
[目的と背景]病的肥満妊婦の麻酔の転帰を調べた大規模な研究はない.この研究では病的肥満妊婦の麻酔科的な転帰と産科的な転帰を調査する.
[対象]300ポンド(136.4 kg)を越える妊婦とコントロールの妊婦(136.4 kg未満)
[調査項目]麻酔科的,産科的経過
[方法]カルテから記録をよみとり解析した
[結果]1)117人の病的肥満患者のうち62%が帝王切開,コントロールでは24%が帝王切開で,比率に有意差をみとめた.48%の自然分娩の肥満妊婦が緊急帝切,コントロールでは9%が緊急帝切になった.
2)硬膜外麻酔は病的肥満妊婦79例中74例で,コントロールの67例中66例で成功した.初回の硬膜外麻酔の失敗率は病的肥満妊婦が有意に高く,硬膜外カテーテルの再挿入が必要であった.挿管困難は病的肥満妊婦の17例中6例に存在し,コントロールでは8例中1例もなかった.
3)病的肥満妊婦では分娩前の疾患の増加,帝王切開手術時間の延長,重大な術後合併症,入院期間とコストの増加が認められた.
[結論]高率の分娩前からの合併症と緊急帝切は麻酔管理を複雑にする.硬膜外麻酔の適応であるけれども,成功率は低く,カテーテルの入れ替えを余儀なくされる率も高い.全身麻酔管理においても,挿管が困難などやっかいである.産科的にも合併症が多く,その処置が入院期間を長期化させ医療費をつり上げる.
[抄者註]病的肥満妊婦では本人も辛いし,医療を提供する側も辛い.何もかもがうまく行かない.肥満の害がしみじみと感じられる.
抄録者:讃岐美智義(広島大学)<MW>
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