宮古島後記

東京に戻って来たのは日曜日の夜だった.久振りに東京に帰る日を延ばしたいと思ったのだったがその所以は宮古島,あるいは宮古島で過ごした時間の質だったので今は既に東京の時間が流れているのでも宮古島の時間を経た自身がいる.セミナーは朝と夕方にプログラムが組まれていて日中は自由時間である.何もせずにホテルの部屋で過ごすのも得難い贅沢だったが初めて訪れた宮古島を独りで巡ってみることにした.ホテルに付けていたタクシーに乗り込んでガイドブックに掲載されていた東平安名崎を目的地として告げる.屈強な肉體に彫りの深い目鼻立ちの運転手が大きく頷いた.どうやら全うな,と言うか凡庸な景勝地を選択したらしかった.彼は東平安名崎がトライアスロンの起点であることを語った.この平坦に見えて山と呼べるようなものはない土地も実際には起伏に富んでいて最後のフルマラソンは鉄人の心臓でも容易には立ち向かえないのだという.一面のサトウキビ畑が拡がる風景を眺めてその収穫に要する人手を想起した.川と呼べるものはなくても地下にダムが築かれていると聞いてサトウキビも実は相当に水を必要とする植物であると知る.互いに饒舌な方ではなくても次第に彼に親しみを覚えてその静かな語り口にこの島で生まれ育った人間の素直さと力強さが反映されているように思えた.岬に向かう道の途中までしか車が入れなくて運転手は待っていると言った.そう頼んだ訳ではなかったがタクシーが何処かに列をなして並んでいるのではなくて彼を帰してしまうと帰路の足がなくなるのは自明だったのに加えて彼の方でも目的地を告げた瞬間から旅の終わりまで付き合う心積もりなのに違いなかった.それでこちらも安心して彼にこの地での時間を委ねることができたのだった.東平安名崎の海は澄み切っていた.大潮でいつになく潮が退いていてこの時を狙って地元の人は海で獲物を漁るのだそうで確かに何人かの人間がリーフに降り立っていた.岬の右手は太平洋,左手は東シナ海なのでも海の色に変化がある訳でもなくて考えてみればそれは人間が命名しただけのことで海の知ったことではない.眼の前の海は青かった.沖縄本島では沖合いのリーフの切れ目で白波が立っていてその向こうから深い海が拡がっているのに対してエメラルドグリーンの人間に親しい海はここにはなくて大海が眼前に迫っているのだった.

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照り付ける陽光を浴びて春にはテッポウユリが咲き乱れるという道を岬の突端にある灯台に向かい勧められた通り昇ってみることにした.エレベータなどなくて97段の螺旋階段を一段一段踏み締めて昇るのである.そして灯台の上から見回すと360度の水平線である.少しばかり空に近付いた気がしてそれでも海は眼下に拡がりその先は遥か彼方で空と接していた.携帯のカメラのシャッター音を何度も鳴らしていた人物が急に何もないですねと語りかけて来た.曖昧な表情を返して視線を逸らせる.逆にここには全てがあると思えて海と空,太陽と島,そして自身がそこに立っていることを意識したときに何かが足りないという思いは浮かんで来なかった.再びクーラーの効いた車内に乗り込み池間大橋を目指した.海岸線を走る間も運転手は訥々と語りかけて来る.海のこと,島のこと,サトウキビのこと,地下のダムのこと,トライアスロンのこと,酒のこと,土産物のこと,生活のこと,そしてこちらの職業を訊いた上で島の医療事情にも話が及ぶ.一体に絶え間なく話しかけられるのは苦手なのでも車内でそうは思わなかったので武骨で野太い声が音楽のように聴こえた.池間大橋の途中で車を降りて下の海を覗き込んだその浅瀬の海も透明だった.大神島が近くに見えた.橋を渡ったところで高台から周囲を瞰むとここでも空と海の間に自身がいた.平良市内に向かって行く途中でマングローブの林に寄ってくれた.車を降りると潮が退いた砂地に無数の孔が開いているのがわかって目を凝らすと夥しい数の小さな蟹が砂地を這っている.大学を留年したときに環境アセスメントの仕事を手伝っていたことがあって夏と冬に2週間ずつ沖縄に滞在した経験があった.そのときに昼間は静かな知念の海が夜には様相を一変させて実に多種多様の生物が闇のリーフを動き回っていることを知ったのでリーフから聴こえて来る命の騒めきの記憶が甦った.陸では生物は2次元に存在するのでも海では比較にならない程の量の命が3次元の世界に密生している.蠢く蟹は四半世紀前の記憶を呼び覚まして砂の上を這う音が聞こえてくるように感じられたのだった.運転手も今やこちらに親しみを抱いているようで話が東京に及んだ折に彼は東京には太陽の眩しさっていうものがないでしょと言った.恐らく彼は上京した際に自身の生地にあって東京にないものを生きてゆくために必要なものの欠如と感じたのだった.灯台で出会った人物は何もないと思ったのでもここには人間に必要なものは全て揃っていてその質と量の豊かさが旅人を圧倒する.都会と呼ばれる街で苦労して手に入れるもの,自分のための時間や豊かな生活,そして何よりも生きてゆく上で必要な太陽と水と空気と土その他一切がここに暮らす人間を満たしていた.彼とは市場の前で別れた.3時間余りの短い時間だったが海と空との間で島をほぼ半周するうちにこの地で暮らす人間に触れることができて宮古島が親しく感じられることになった.彼は太陽を浴びて眩しく輝いていたのだった.