2011年1月19日

かけもち麻酔

少し前に、関東地方のある病院で、麻酔器や生体情報モニターのアラームが鳴らなくて麻酔回路の外れていたことに気づかなかったと報道されたいた麻酔事故がある。後から言うのは、誰でもいえるのだが、あえて話題にしてみる。常識的に考えて麻酔を導入したのは麻酔科医なのに、その事故が起きたときにその場に麻酔科医がいなかったという。別の場所で、別の麻酔を指導していたとされている。事故調査委員会の報告書から麻酔科医だけでなく、その場で患者の全身状態を監視していたものは誰もいなかったことに気づかされる。これは、「かけもち麻酔」と言われる形態になっている。仕方なくそうなったのかもしれないが、2人の患者を同時に全身麻酔をかけていて1人のみしかみていない状態になっている。監視ができていなかった患者の方に事故が起きた。患者を監視していなかった外科医や看護師がアラームが鳴らなかったと証言しても、説得力はない。アラームが小さかったと言われても、患者を診ていなかった人々が、アラームに気をつけて聞くだろうか。少なくとも持ち場を離れるのなら、患者の状態を監視して責任がとれる人(医師)を、患者監視のために、そこに置くべきであろう。この状態とても、麻酔を導入ー維持ー覚醒させることができる能力がある医師(麻酔科医もしくはそれに準ずる能力を持った医師)でなければ、「かけもち麻酔」といわれるであろう。しかし、麻酔回路の異常がおきたとき、医学的知識があって患者の状態を表示するモニターが読めるのであれば、そこにいるのは麻酔科医でなくても異常にすぐに気づいたであろう。異常が起きたとき「すぐ」に対応できていれば、患者は重篤な状態にならなかったと考えられる。
似たような状況は、渡辺淳一の「麻酔」や浅山健の「患者はこうして殺される」に表現されている。いずれの描写も、あきらかに「かけもち麻酔」を表現している。
余談ではあるが、マイケルジャクソンの場合は、かけもちではなくプロポフォールを投与した直後にその場を離れて監視していなかったことが原因とされ、あきらかに「患者放置」が行われている。

「麻酔」渡辺淳一
「患者はこうして殺される」浅山健 (Amazon